TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)


 バックワルドらを驚かせたのは、ワーナーブラザースと話を煮詰めていた87年、企画を断念したはずのパラマウントが、エディ・マーフィー主演『星の王子、ニューヨークに行く』を制作し、劇場公開したこと。アフリカの王子が花嫁を探しにニューヨークに来て、様々な冒険をして、花嫁を連れて帰国するという、バックワルドらのアイデアをそのまま頂戴したような映画だった。

 先を越されてしまったワーナーブラザースとしては、二番煎じはできない。当然、バックワルドらのプロジェクトはお払い箱になった。踏んだり蹴ったりのパックワルドらは激怒し、パラマウントを訴えたという訳だ。ロサンゼルス上級裁判所では、2つの問題が争点となった。一つは、パラマウント側がパックワルドらのアイデアを盗用したかどうか。もう一つは、パラマウントはいくら原告に支払うべきかだ。

 第1の争点については、原告らのあらすじが『星の王子、ニューヨークに行く』と酷似していることや、一度はパラマウントと原告らが企画を検討していたなどの事実関係から、原告らの主張を認めた。ところが、いくら支払うべきかについては大きくもめた。というのは、パラマウントが摩訶不思議な帳簿を持ち出してきたからだ。パラマウントは『星の王子の帳簿上の「ネット収益」は、マイナス1,498万9,043ドルの赤字であるからロイヤリティは払えないと主張したのだ。

 『星の王子、ニューヨークに行く』は、88年第3位の1億2,800万ドル以上の興行収入を記録し、海外からの興行収入を合計すると4億ドル以上の大ヒットとなった。4億ドルの興行収入があるのに「ネット収益」がマイナスとはこれ如何に?

 大まかに言うと、映画の興行収入の半分を劇場側が取り、残りの半分を配給会社(スタジオ)が取る。そのスタジオの取り分から配給手数料や広告宣伝費など様々なコストを差し引いたものが「ネット収益」となる。ところが、この「ネット収益」の算定方法は、ほとんどスタジオの任意で決められる。ほとんどのスタジオが同じような一方的な内容の「ネット収益」を契約書に盛りこんでいる。

 そんなわけで裁判が進むにつれ、制作会社のオーバーヘッドの二重計上や架空の広告費の計上などなど・・様々な帳簿上のからくりを使って、スタジオが無理やりに「ネット収益」を出さないようにしていることが明らかになる。このような帳簿は「投資家用」にも使われる。「映画に投資していただきましたが、赤字ですので投資をお返しすることはできません、悪しからず。」という訳だ。

 ハリウッドでは10本作って1本儲かれば良し、と言われる。赤字の映画を黒字の映画で資金回収する。だから、どの映画がどのくらい儲かっているのかは、極秘情報だ。儲けがばれると、監督、脚本家、スター、投資家などいろんな人々が、よってたかって自分たちの取り分を要求することになるからだ。

 ロサンゼルス上訴裁判所はスタジオ側の「ネット収益」を無効とし、90万ドルの支払い命令を下した。この判決を不服としたパラマウントは上訴。しかし控訴審で、パラマウントがある程度の損害賠償(金額は明らかにされていない)を払うことで和解した。パラマウントにとっては、損害賠償以上に、帳簿のからくりをばらされたことの方が痛かったといえよう。

<<戻る


東宝東和株式会社