TEXT BY はせがわいずみ(FEATURE PRESS)

 ジャッキー・チェンのハリウッド映画主演第1作『ラッシュ・アワー』('98)で、香 港領事を演じたツイ・マー(馬泰)さん。映画では、娘を誘拐され心配でたまらない 父親役であったが、私生活では奥さんとの2人暮らしを満喫する、「陽気なお兄さ ん」という感じの中年俳優だ。そんなマーさんに、「ロスのチャイナタウンで1番お いしい飲茶の店へ行こう」と言われ、インタビューは飲茶をつつきながらとなった。
「いろんな人間になれる俳優という職業はとても楽しい。ぼくの好奇心を十分に生か してくれるのはこの職業しかないね」と、マーさんは俳優業を満喫している。

Q:俳優になろうと思ったきっかけは?
A:小さい頃から演じることが好きだった。けど、大きくなるにつれて、現実は厳しいことが分かった。当時、アジア系の俳優を映画はもちろん、舞台でも見たことな かったからね。アジア系である限り、俳優になれるチャンスはないとあきらめたん だ。ところが73年、『リチャード3世』を演じた俳優に出会ってからぼくの人生は 変わったね。あまりにも素晴らしい演技に感動したので、頼み込んで控え室に通して もらったんだ。すっかり化粧を落とした彼は、なんとアジア系! 中国と韓国の血を 引くハワイ出身のアジア系俳優だったんだよ。シェイクスピアで、白人の役で、主役 だから、絶対白人だと思っていたぼくは、いい意味でショックだった。技術と才能が あれば、チャンスはあると分かったぼくは、俳優になることを本気で決心した。21歳 の時だった。

Q:演劇学校とかに行ったんですか?
A:通っていた大学にはろくな演劇クラスがなかったから、「LAMAMA(ラマ マ)ETC」と言って、若い俳優や劇作家たちの演劇グループに入った。そこは、肌 の色で役を決めないし、世界中のあらゆるジャンルの演劇を上演するグループで、能 や歌舞伎、京劇なども演った。そんな折、ぼくに最初の役が回ってきた。しかも、主 役。超ラッキーだったね。

Q:それは、いつ、どんな役だったんですか?
A:75年の夏で、「西遊記」の孫悟空。公演は、野外劇場で、観客は1万人。初舞台でいきなり主役で、しかも1万人の観客。オープニングは、孫悟空の誕生のシーン で、登場人物はぼくだけ。孫悟空は岩の固まりから生まれる。岩の中から飛び出し、 ステージ中央に出て、観客の多さを知った瞬間、頭が真っ白になったのを憶えている よ。ラッキーなことに、ラママは、レギュラーキャストであればギャラを払ってくれ る。駆け出しのくせに、食えた舞台俳優だったぼくは、孫悟空の後も、いろいろな役 にチャレンジしたね。

Q:人生の中で一番辛かった時期はいつですか?
A:ラママを離れた時だね。ラママは居心地がとても良かったけど、違う世界を覗いてみたくなったんだよ。俳優には大切なことだけど、これが大変だった。まだまだ俳 優だけで食える身分じゃないことを身にしみたぼくは、何でもやったね。ニューヨー ク名物タクシーの運ちゃん、デリバリー、オペレーター、自転車メッセンジャー、 ウェイターなど。フレキシブルな仕事を選んだね。昼間はオーディションを受けれる ようにね。

Q:成功への転機は何でした?
A:忘れもしない、79年、「コーラスライン」とかをプロデュースした舞台製作者のジョセフ・パックとの出会いだった。口約束の人が多いエンターティメント業界の 中で、彼はきちんと約束を守ってくれた人。練習場所に困っていたぼくに、「場所を 提供する」と言って、数日後、本当に練習場所をくれた。そして、 FOBというア ジア系の役者や脚本家のグループも紹介してくれた。 FOBには、有名な日系俳優 マコや、『ラストエンペラー』('87)のジョン・ローンたちがい た。 FOBの活動に参加するうちに、そこの脚本家がぼくとジョンのために台本を 書いてくれた。1867年が舞台の2人芝居で、アメリカの鉄道敷設に携わった中国 人労働者の話だった。全米を回ったこの公演は6カ月のロングラン上演になってね、 いまでもこれはアジア系アメリカ人の芝居では最長記録になってるはずだよ。

Q:映画「ラッシュアワー」の撮影現場での思い出はありますか?
A:あの現場は笑いの絶えない、珍しい撮影現場だったよ。ブレッド・ラトナー監督はめちゃくちゃ面白いヤツで、「カット!」って言った後、俳優に駆け寄り、「イイ !面白い!今の見たい?ね、見たい?」と俳優に言って、モニターのところまで 連れてくるんだ。おかしいよね。いろんな監督に会ったり、一緒に仕事したけど、あ んな監督は初めてだね。ジャッキーは、絶対クリスに顔を合わせなかった。というの も、クリスを見る度、笑いが止まらなくなるからなんだ。特に、映画の中でジャッ キーがクリスをぼくに紹介するシーンがあったんだけど、あの撮影は苦労したよ。 だって、クリスがあまりにもおかしいから、笑いが止まらないんだよ。結構シリアス なシーンだから笑えないけど、クリスを見ると笑っちゃう…。何テイク撮ったか分か らないよ。また、領事公邸のシーンでは監督自らかくれんぼするなど、「スキあら ば、笑いを取る」みたいな現場だったね。


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