TEXT BY 伊藤秀隆(監督/プロデュース/脚本)

 ハリウッドの映画学校で学ぶ事? デジタル革命で映画製作が変わる!

 その昔、映画製作者になろうと思ったらスタジオに入って、助監督などを経験しながら体で技術を覚えるというのが一般的だった。だが、現在は完全な独学かフィルムスクールで勉強してプロになる人たちが多い。実際、ハリウッドにもたくさんのフィルムスクールがあり、映画を学ぶために世界中から若者が訪れている。しかし、映画製作を学ぶと言うのはどういう事なのか?何を学ぶのか?今回は、ハリウッドにあるフィルムスクールで何を学べるかと言う事についてレポートしよう。
 フィルムスクールは大学と専門学校に分かれる。専門学校では技術的なことを重点的に学ぶし、大学(大学によって内容はかなり異なるが…)の場合は例え製作コースを取ったとしても幾つかの評論クラス(映画の歴史や映画の社会学など)を取らなければいけない。ここでは、製作コースにフォーカスしてみよう。

 初めてのクラスでは、まずビデオカメラを使った映画製作を行う。まずは映画の基本中の基本、「コンテニュイティー」について学ぶ。つまり、編集をしないことを前提に撮影し、撮った素材のカットがしっかり繋がっているかを練習する。この練習をしていないと、撮影のとき何を撮ってよいか分からないし、もし無事に撮影が終了したとしても編集の時に繋がらなかったり、シーンが足りなかったりして大変な目に会う事になる。
USCの授業風景。皆真剣そのもの。
 例えば、2人の役者が対話しているシーンを撮ったとしよう。この場合、カメラは必ず図の中のイマジナリーラインを超えずに撮影しなければならない。でないと2人の人間が向き合って対話しているように見えなくなるのだ。

 まさに基本的練習と言えよう。ただし、このやり方はデジタルビデオが出現したここ2、3年で行われるようになった練習方法だ。少し前までは8ミリフィルムだったので、撮影しても現像しプリントしなければ何が写っているかさえ分からなかったのだ。
イマジナリ―ラインと呼ばれる図上の赤い線を
超えたところにカメラを置くと対話している俳優の
位置関係が分からなくなる。
 そして、次に編集を前提とした撮影方法だ。映画の場合はTVと違い、多数のカメラで一度に撮るということは基本的にはない。もちろん、黒澤の『七人の侍』のバトルシーンなどダイナミズムを大切にする監督や、爆破シーンなど取り直しの効かない撮影では複数のカメラを使用することもあるが、制作費や照明の問題など色々難しいので、インディ―ズ映画では殆ど一台のカメラで済ませる。で、そうなると例えば一人の人間が話している間に引きのショットからアップに移るようなシーンを作るためには、同じシ―ンを2度撮らなければいけない。
 通常、役者は全く同じ演技を「引きのショット」「中間アップのショット」「超アップショット」など最低3回しなければいけない。デビッド・フィンチャー監督の『パニック・ルーム』ではカメラが絶対通り抜けられないようなところをCGを使って撮影しているので、そのタイミングを計るためジョディー・フォスターは同じ演技を50回もさせられたと言う。
 このようにして撮影した素材を今度はコンピューターに入れ、アビッドやプレミア、ファイナルカットプロなどのソフトで編集する。いきなり、コンピューターで編集させると言う事も、ここ数年で変わった事だ。これで、編集した映像に同じくコンピューターを使って音楽や効果音、またセリフなどを入れて作品を完成させる。そして、クラスで上映しお互いの作品を批評しあいお互い磨きあうのだ。

 ここ数年コンピューターなどデジタル技術の投入により、初級クラスの学生達の技術的なレベルはかなり上がり、個人である程度の映画を製作できるようになった。しかし、上級クラスでは、16ミリフィルムを使用するなど、個人では出来ない事が多くなっていく。そして、使う役者達も廻りの友人からプロ志望の役者に変わってくる。
授業で使用されるカメラ。
こんな家庭用カメラでも
結構まともな映画が撮れてしまうのだ!
 また、ハリウッド映画は大人数のスタッフによって製作される大作が多いため、学校の課題の中でもチームとしての作品制作を課せられる。映画製作メンバーと言うのは、良い意味でも悪い意味でもアクの強い人間が多い。そんな強い個性をもった人々の中で、どのように自分が参加し、自分の個性を画面に投影させていく事ができるか、将来プロになるための資質が試されていくのだ。

 ある先生の言葉が僕の印象に残っている。「役者を動かすのに、ここをこう動いて、などと指示してはいけない。それは役者のプライドを傷つける。ここのシーンについて君の意見を聞かせて欲しい、と言いながら演技を引き出すのだ」。アメリカで映画を撮っているとインディーズ映画にも関わらず、俳優のエゴに悩まされる事は多い。そんな時、いかに相手の立場で考えられるか?そんな、複雑な人間関係のマネージメントも、映画製作には大切な要素なのだ。
 デジタル技術というと、真っ先にハリウッド映画を創造するかもしれない。しかし、デジタル技術の発展によってこれから伸びるのは、日本映画のような製作者の個性が強く出る作品だと思う。ハリウッド映画において常に求められるのは管理職としての能力だ。これは先生の言った俳優の扱い方に端的に現れている。もし僕が日本の映画学校とハリウッドのフィルムスクールの違いについて訊かれたら、監督に求められる資質の違いだと答える。日本では作家主義、ハリウッドでは管理能力が、それぞれもっとも大切な要素なのだ。
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