TEXT BY 伊藤秀隆(監督/プロデュース/脚本)

 第75回アカデミー賞 戦時下での充実したセレモニー

 戦争が始まり、一時は延期もしくは中止の声もあがった第75回アカデミー賞は厳戒態勢の中、無事行われた。予想通り『シカゴ』が作品賞を始め本年度最多6部門を制覇した。
 今年は、警戒態勢の問題からスター達が赤い絨毯の上を報道陣から放たれるフラッシュとインタビューを受けながら闊歩する、いわゆるレッドカーペットが中止となった。報道陣と観客には何か物足りない感じもあったかもしれないが、こういう状況では仕方ない。

 個人的には“戦争中”であることがうまく反映され、とても充実した内容の受賞式だったと思う。
レッドカーペットがないため報道陣も取材するのに
一苦労。
 まず、授賞式を生中継したABCテレビは、現地の戦闘情報をオスカー中継の合間に挟み込み、華やいだ雰囲気に中に、戦時状況下であることを意図的に演出し、戦場で肉親を失っている関係者への配慮をみせていた。スピーチにおいても、受賞者の多くが戦争の早期終結を願った。
 中でも『戦場のピアニスト』で主演男優賞を獲得したエイドリアン・ブロディーはスピーチの時間を延長し、イラクで戦っている海兵隊の友人について語り平和の大切さを訴えた。

 また、アメリカの銃問題をアポ無し取材で鋭く描いた『ボウリング・フォー・コロンバイン』で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したマイケル・ムーア-が壇上で反戦を叫んでブッシュ大統領を激しく非難し、共和党の多い俳優達からブーイングが起こるという一幕もあったことは特筆すべきことだと思う。
 さて、前回このコラムで、『千と千尋の神隠し』の受賞について“政治”が勝つか? “質”が勝つか? という話を書いたが、ご存知のとおり見事『千と千尋の神隠し』が最優秀長編アニメーション賞を受賞したため、質を重んじるオスカーという印象を持つことが出来たというのも収穫である。

 ただし、宮崎監督や鈴木プロデューサーが参加できなかったのは残念である。日本人監督の長編では黒沢明監督の『デルス・ウザーラ』(ソ連映画)が75年度の外国語映画賞を受賞して以来、27年ぶりの快挙である。久々にアカデミー賞の壇上で日本語のスピーチを聞きたかったのだが。
会場となったコダックシアターの前には金網が
張り巡らされた。それでもオスカー像の真似をした
パフォーマー(右)などが現れた。
 ちなみに、僕の予想は監督賞と助演男優賞を外した以外は結構当たった。5勝2敗ということで、まずまずの成績だろう。監督賞を『戦場のピアニスト』のロマン・ポランスキー監督が受賞したのは、やはり戦争の影響だろうか?ご存知の方も多いと思うが、ポランスキー監督は1977年にジャック・ニコルソンの留守宅で13歳の女の子と性的関係を持ったとして、法的強姦罪など6つの罪に問われ、判決が出る前にアメリカから出国したため現在は逃亡者とみなされている。現在はアメリカに足を踏み入れた瞬間逮捕という状態で、有罪となれば懲役1年から50年の実刑判決となる可能性がある。当然の事ながら今回は本人不在の受賞となった。
 このような背景もあるため、格式を重んじるアカデミー会員がポランスキー監督を選ぶ可能性は低いと考えたのだが、やはりこのご時世において『戦場のピアニスト』の作品としての力を強く感じる人は多かったのだろう。

 余談だがアカデミー賞の前日22日に発表された、今年“最悪”の作品を選ぶ、ゴールデンラズベリー賞は夫のガイ・リッチーが監督するマドンナ主演の『Swept Away』が最悪作品賞、最悪主演女優・助演女優賞、最悪監督賞など5部門を制覇した。
前日から物々しい警戒態勢が引かれていた。
不審人物が何人か逮捕されるという場面にも遭遇した。
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