TEXT BY フィーチャープレス 岩下慶一

 ハリウッドのSFおじさんの隠れ家にようこそ。

 「ミスターSFと呼ばれているハリウッドでめちゃ有名なSFマニアがいるのだけれど、取材してみない?」という友人の誘いに乗り、行ってみたのはロサンゼルス郊外の、何の変哲もない住宅街にあるフツーの家。
 「ここがミスターSFの家? なんかショボイじゃん」と私。すると友人「バカモノ! この家の主はSFという言葉の生みの親、世界中のファンが生き神と崇めるSFおじさん、ミスター・アッカ―マンなるぞ!」何だか相当すごい人らしい。『レッド・ドラゴン』のレクター博士のような恐ろしげな人物をが脳裏に浮かぶ。ううっ、コワイ。

 すっかりびびりモードに入りながら恐る恐るドアをノックすると、ドアを開けてくれたのはいかにも人の良さそうなおじいさん。ん、何だか拍子抜けするなあ。しかし、この人こそが、スピルバーグやルーカスが師と仰ぎ、マイケル・ジャクソンのビデオ「スリラー」のアドバイザーを務め、ハリウッドで知らぬ人のいないSF映画グッズコレクター、フォリー・アッカーマン氏なのだった。御年なんと86歳。9歳の時からSFグッズを集め始めたというから、SF歴77年という事になる。年数だけ見てもこの人の右に出るコレクターはいないだろう。
これがミスターSF,アッカ―マンおじさんだっ!!
 で、肝心のコレクションだがこれがまたものすごい。家に入るとまず、1927年のSFの古典、『メトロポリス』のロボットのレプリカが出迎えてくれる。なんだレプリカか、と侮るなかれ。「本物は映画の中で壊されちゃったからねえ、でもどうしても同じのが欲しくて、職人を2人雇って600時間かけて、これを作ってもらったんだよ。費用? 何万ドルかなあ? ちょっと分からないねえ」一事が万事この調子、おじさんはSFの事となると金に糸目をつけないのだ。

 有名なドラキュラ役者、ベラ・ルゴシが1932年の最初の作品に使ったドラキュラの装束(もちろん本物)や、1953年の『War of the world』で使われた火星人のロボットの唯一現存するモデルなど、ものすごく貴重なアイテムが、家のそここに無造作に置かれている。
巨費を投じて作られた『メトロポリス』のロボットのレプリカ。制作は60年前だ。
 あまりのすごさに圧倒されてふと天井を見上げると、かの有名な初代キングコング(1933年に一斉を風靡したSFX作品)に使われた恐竜がさりげなく置いてある。ううむ、キングコングと熱戦を演じて世界中の喝采を浴びた恐竜も、こんな所で老後を過ごしていたのか…。

 「この時代のものは古すぎてあんまり残ってないんだよ」とおじさん。
キングコングと戦った恐竜。ジュラシックパークに先んじること60年、SFXの元祖である。
 『スター・ウォーズ』系の小物になるともう貴重品が目白押しである。「その頃はもう大人になっていたから、有り金全部つぎ込んで欲しいの全部買っちゃったんだよ」

 コレクションの資産価値は、一時は10億円! 近かった。しかし、その後事業に失敗し、大切な品々を少しづつ手放す羽目に。「だからここにあるのはホントに大事なものばかりなんだよ」と、それでもおじさんは明るく言う。ついでに言うとSFという言葉を最初に作ったのもアッカ―マンおじさんで、これは多くのSF研究家が認めている。
『スター・ウォーズ』関連もたくさんある。
 ドラキュラや宇宙人映画の総称として何か適当な呼び名はないかと考えていたおじさん、ある日ラジオでHi-Fi=ハイファイという言葉を耳にした。そうだ、サイエンスフィクションの頭をとって、サイファイ=SFはどうだろう? おじさんは早速愛妻にアイデアを打ち明ける。「“ダメよそんなの、ダサいわよ”とか言われちゃってねぇ…」

 しかし、その後SFという言葉は世界中に広まり、奥さんはおじさんを見直したのだった。その奥さんも90年、おじさんを残して天国に旅立ってしまった。「もう、老後の友はこのコレクションしかないねえ…」
初代ドラキュラの衣装
 コレクションがあまりに貴重なために、ロサンゼルス市長が直々に博物館への寄付を要請した事もある。しかし、おじさんは頑として首を縦に振らない。「いつでも触りたい時に触れないなんてさみしいからねぇ」だがおじさんはコレクションを一人占めする気も更々ない。驚く事にこれらの品々は一般の人々に公開されているのだ。土曜日の午前中、おじさんの家をノックした人ならだれでも、この宝の山を目にする事が出来る。もちろん入場料を取るなんてセコイ事はしない。

 でも、こんなに貴重な品々を見知らぬ人に見せちゃって大丈夫なのだろうか。「それが、時々小物を持ってっちゃう人もいてねぇ。SF好きには悪い人はいないはずなのに、おかしいねぇ」と、真顔で考え込むおじさん。あの~、もすこし用心した方がいいですよ、何しろ10億円…。
50年代のSFコミックブック、おじさんが9歳の時に買ったものもある。その価値数万ドル!
 「いや、公開を止める気はないよ。僕がこんなに好きなんだから、皆も見たいと思うに決まってるじゃないか。SFファンはみんな仲間なんだよ!」おじさ~ん! 人が良すぎますよ!でももう何も言う事はありません。

 「来年は東京でSFコンベンションがあるねえ。今から日本に行くのを楽しみにしてるんだよ」これからもお元気で、世界中のSFファンをその暖かい笑顔で迎えつづけて欲しいものだ。ミスターSF、アッカ―マンおじさんに乾杯!!

(文:岩下慶一 写真:森雅史)
宝の山に囲まれて幸せそうなおじさん。86歳だがとても元気だ。
*アッカーマン氏のSF館は一般に公開されていますが、個人の住宅でもあるため住所の掲載は差し控えます。どうしても訪れたい、という方は編集部までメールを下さい。
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