TEXT BY 尾崎佳加

 殺人?尊厳死?『海を飛ぶ夢』、「テリ・シャイボ裁判」が問いかける人間の尊厳

4月16日の公開が待たれるスペイン映画『海を飛ぶ夢』。事故で四肢麻痺の障害を負った男性が魂の自由を求めて尊厳死の権利を主張する生涯を描いたドラマだ。ところが今、フロリダでまったく同じような事件が起こり、全米の話題になっている。フロリダ在住のテリ・シャイボ41歳、脳死による植物人間状態の女性だ。
15年前、テリ・シャイボは過度のダイエットが災いして心臓発作を起こし、命は取り留めたもののその後の人生を脳死状態で生きることを余儀なくされた。テリの夫であるマイケル・シャイボは妻の回復を信じて介護に徹してきたが、10年近くの介護もむなしく回復の兆しがない事や、以前にテリ自身が「植物人間になってまでは生きたくない」と語っていたことを尊重して妻の尊厳死を主張し始める。フロリダ州裁判所はこの要求を受け入れ、テリの体から栄養補給を行うチューブを取り外す決定を下した。ところがテリの両親であるシンドラー夫妻がこれに反対して上訴。「娘はまだ回復の見込みがある」と延命処置の再設置を申し立てた。以来、妻の尊厳を守りたい夫と娘を想う両親との戦いは続き、一家族の悲劇はホワイトハウスまで介入する政治問題へと発展する。今月18日、夫の3度目の訴えによりテリの体から再び栄養補給装置がはずされた。この状態が続けばテリは今週にも息を引き取ると言われている。
米国の規定では、患者の意識がない場合、尊厳死は家族を含む関係者2人以上の同意があれば認められる。そのため法的な保護者としての権利を持つマイケルの主張が受け入れられたわけだが、本当に回復の兆しがなかったのかどうかと疑問を抱く向きも多い。テリが入院するフロリダ州ピネラス郡の病院前ではキリスト教原理主義の信仰者などが“司法による殺人”と尊厳死に反対する抗議デモを行っている。
 さてここからは、『海を飛ぶ夢』の主人公ラモン・サンペドロの話。ラモンは引き潮になった海に飛び込んだ際海底で頭を強打、以来首から上以外の四肢が麻痺する致命傷を負う。その後寝たきりの生活を強いられた苦悩の26年間で、ラモンが到達した答えは“死”。死ぬことで肉体に拘束される魂を開放し、自由を得たいと主張したのだ。ラモンの場合は、テリのケースとは異なり、本人が尊厳死を強く望んだケース。ラモンは、死は終わりではなく始まりとしてとらえ、決して悲観的に考えていない。それにも関わらず、一部の人はラモンを生きることに背を向けた臆病者と罵る。この話は実話に基づいているのだが、現在もまだ、彼の自殺を支持して手伝った関係者に対して非難の声が届くという。
 個人の道徳的な意見は差し控えるが、ラモンのケースも、そして現在進行中のテリのケースも、生きることは絶対の正義であり、死は忌むべきものとして遠ざける社会、一部の人の死に対する“前向きな態度”を無視しがちである社会を浮き彫りにした。健康な人々のホスピスやターミナルケア(回復の見込みのない患者の末期に精神的な安らぎを与える医療介護)に対する知識の低さを反映した結果となった。
 我々も、いずれ迎える死の時に備え、それをどのように受け入れるか考えておく必要がある。否定的な概念を持ち続けている限り、死は苦痛でしかない。だが、信仰に頼らず死を見つめることのできる勇敢な人は、人生をより充実して生きることができると信じている。ラモン・サンペドロがそうであったように。
>>『海を飛ぶ夢』公式サイト

※テリ・シャイボさんは31日朝、フロリダ州のホスピスで亡くなりました。
 41歳でした。ご冥福をお祈りいたします。(編集部)
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