TEXT BY 中条佳子(N.Y.在住)

 毎年秋の恒例となっているNYフィルム・フェスティバルが、オープニングナイトのカンヌ映画祭パームドール受賞作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の上映を皮切りにスタート。今年は9月22日から10月8日にかけてリンカーンセンター・フィルム・ソサエティのメンバーに選出された、26の長編と数々の短編合わせて22カ国からの作品が上映される。

 カンヌ映画祭やベネチア映画祭で話題となった作品が上映される、NYで最も内容の濃いこの国際映画祭は、洗練された目を持つニューヨーカーにとってかなり人気があり、特にオープニングナイトとクロージングナイトのチケットは、毎年売り出されると即座にソールドアウトになってしまうほど。アメリカでの配給未定作品も多く上映されるので、フェスティバルのHPの掲示板にはチケットを求める人たちの書き込みでいっぱいという状況だし、オープニングナイト当日もリンカーンセンターの前で諦めきれずチケットを求める人と買いすぎたチケットを売ろうとする人がディールしている姿が目に付いた。

 しかしさすがにブラックタイにカクテルドレスの人もかなりいるスノビッシュな場所だけあって、ダフ屋まがいの人はいない。ちなみにこの日のチケットは30ドル。これは通常の映画館の3倍である上、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は翌日から一般劇場でも公開されるので、この夜リンカーンセンターに集った人々はけっこうリッチかよほど熱心な映画ファンだと思われる。そして3倍高いチケットの価値はというと、映画関係者や出演者の舞台挨拶を観ることが出来るということ。この日も主催者の挨拶に引き続き大女優カトリーヌ・ドヌーブやカンヌの最優秀主演女優賞に輝いたビョークが登場、華やかに舞台の幕が開かれた。

 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』はデンマークのラース・フォン・トリアー監督がアイスランドのポップシンガー・ビョークを起用して制作した悲劇的ミュージカル作品。100台以上のミニDVカメラを駆使して撮影されたシーンは、古き良き時代のミュージカル映画を彷彿させられつつも映像は斬新で画期的。NYタイムアウト誌の最新号のインタビューでビョークは「女優として賞を取ったけど、誰も音楽のことについて触れようとしない」と語っているが、彼女によって作られた音楽と彼女の歌声はこの映画にとって多大で重要な魅力であるのは確か。彼女のニューCD「Selmasongs」もリリースされてシンガーとしての彼女のファンにとってはうれしい限り。ただそれ以上にマスコミは、トリアー監督とビョークの確執について興味をもってしまったようだ。トリアー監督はビョークを主役で起用したいと考えていたが、彼女自身は当初セルマ役を演じるつもりではなかった。

 映画のための音楽をプロデュースしていく過程で、トリアー監督の当初の思惑どおりに主役をやることにしたビョークだが、セルマのキャラクターをかしこく尊厳のあるタイプの女性として演じたいと考えた。「ラースはセルマを愚かで朴訥な女として描きたかった。でもわたしは彼女を守らなければいけないと思ったの」役柄についてもさることながら、音楽的な面でも監督と話が食い違ってビョークは撮影中のセットから出て行ってしまったこともあったようだ。結果的に映画はカンヌで大絶賛され、パームドール賞と主演女優賞を受賞したのだが、結果はどうあれビョークはもう二度と映画には出ないと決意したらしい。

 86年に『Juniper Tree』で映画に出演したことがあるビョークはこの映画が初演ではないが、ここまで注目されていながらあっさりもうやらないなんて言えるとは、さすがに多才な人は違う。舞台でも大女優カトリーヌ・ドヌーブを相手にしても引けを取らない存在感だった。あの奇抜な衣装でよけいそうみえるのか。

 上映中観客の間からはすすり泣く声が聞こえてきて、ふと隣のおじさんをみると彼も眼鏡の間からこっそりと涙を拭っていた。リッチでスノビッシュなひとびとは、自分達の日常では味わえない貧乏人の不幸なストーリーが好きなのだ。


パンフレット



★次回はパート2でフェスティバルのメインイベント「Body & Soul」のレポートと、その他の作品を紹介します。


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