『ダンサー・イン・ザ・ダーク』はデンマークのラース・フォン・トリアー監督がアイスランドのポップシンガー・ビョークを起用して制作した悲劇的ミュージカル作品。100台以上のミニDVカメラを駆使して撮影されたシーンは、古き良き時代のミュージカル映画を彷彿させられつつも映像は斬新で画期的。NYタイムアウト誌の最新号のインタビューでビョークは「女優として賞を取ったけど、誰も音楽のことについて触れようとしない」と語っているが、彼女によって作られた音楽と彼女の歌声はこの映画にとって多大で重要な魅力であるのは確か。彼女のニューCD「Selmasongs」もリリースされてシンガーとしての彼女のファンにとってはうれしい限り。ただそれ以上にマスコミは、トリアー監督とビョークの確執について興味をもってしまったようだ。トリアー監督はビョークを主役で起用したいと考えていたが、彼女自身は当初セルマ役を演じるつもりではなかった。
映画のための音楽をプロデュースしていく過程で、トリアー監督の当初の思惑どおりに主役をやることにしたビョークだが、セルマのキャラクターをかしこく尊厳のあるタイプの女性として演じたいと考えた。「ラースはセルマを愚かで朴訥な女として描きたかった。でもわたしは彼女を守らなければいけないと思ったの」役柄についてもさることながら、音楽的な面でも監督と話が食い違ってビョークは撮影中のセットから出て行ってしまったこともあったようだ。結果的に映画はカンヌで大絶賛され、パームドール賞と主演女優賞を受賞したのだが、結果はどうあれビョークはもう二度と映画には出ないと決意したらしい。
86年に『Juniper Tree』で映画に出演したことがあるビョークはこの映画が初演ではないが、ここまで注目されていながらあっさりもうやらないなんて言えるとは、さすがに多才な人は違う。舞台でも大女優カトリーヌ・ドヌーブを相手にしても引けを取らない存在感だった。あの奇抜な衣装でよけいそうみえるのか。
上映中観客の間からはすすり泣く声が聞こえてきて、ふと隣のおじさんをみると彼も眼鏡の間からこっそりと涙を拭っていた。リッチでスノビッシュなひとびとは、自分達の日常では味わえない貧乏人の不幸なストーリーが好きなのだ。
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