TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 NYフィルム・シアター事情/サンシャイン・シネマ
 ニューヨークにまたひとつアート系の映画館がオープンした。1898年に建てられた伝統ある劇場が改装され、5スクリーンの“サンシャイン・シネマ”として再び生命を取り戻したのだ。

 アート館の名にふさわしく、昨年12月のこけら落としの作品には『カンダハール』(01)と『Behind the Sun』(01)を選び、その翌週にはハル・ベリーがアカデミー賞主演女優賞を獲得した『チョコレート』(01)の上映を開始。実はこの『チョコレート』、ここまでの話題作になるとは配給会社も予想していなかったと見えて、マンハッタンでは当初サンシャイン・シネマとリンカーン・プラザ・シネマの2館のみでの上映だった。
昔日の面影を残しつつ、モダンに生まれ変わった
サンシャイン・シネマ
 古い劇場ならではの趣のある外観デザインはそのまま残し、けれどモダンなデザインが施された館内には日本の石庭のミニチュアなども飾られていて、いかにもアートな雰囲気。またコーラとポップコーンしか売らない大型シネコンのスナック・バーとは違い、エスプレッソ・カフェも設置されている。

 このサンシャイン・シネマはハウストン・ストリートのイーストサイドに建っている。観光客にも人気のあるおしゃれなエリアSOHOの名前の由来がSouth of Houston Streetの略だということはよく知られているが、同じハウストン・ストリートの南側でもこのあたりはロウアー・イースト・サイドと呼ばれるエリア。かつてはユダヤ系の多く住む地区で、サンシャイン・シネマもユダヤ系の言葉であるイディッシュ語による喜劇、イディッシュ・ヴォードビルの劇場だった。
 
 またサンシャイン・シネマの隣にあるヨナ・シメールという小さなジューイッシュ・ベーカリーも92年の歴史を誇っている。クニッシュというユダヤのスナックで有名なこのお店、サンシャイン・シネマがオープンしてからは客数が増えたと、ユダヤ訛りで話す店員が教えてくれた。
ヨナ・シメール・クニッシュ・ベーカリー
クニッシュとはポテトやチーズが
たっぷり詰まった
ジューイッシュ・スナック
 ところが劇場のほうはベーカリーとは違い、時代とともにオーナーも出し物も変遷を遂げてきた。時には賭けボクシング場、時にはニッケルオデオン(低料金の映画館)となり、最後には倉庫として使われたのち、1945年に閉鎖されてしまった。しかも建築された当初は劇場ではなく、オランダ系の教会やドイツ系の集会所として使われていたらしく、建物の歴史がそのままニューヨークの移民史となっているところも興味深い。

 さて、近年のロウアー・イースト・サイドも、やはりゆっくりと変化を続けている。ユダヤ系コミュニティであった名残で、とくにオーチャード・ストリートと呼ばれる通りにはユダヤ系が経営するレザー・ジャケットの店が今も立ち並ぶし、当時のユダヤ系住人が住んでいたテネメントと呼ばれる様式のアパートをそのまま保存・公開しているテネメント博物館もある。ところが、そんなレトロな町並みに最近はヒップなバー、レストラン、アートの店などが進出を始めている。サンシャイン・シネマも、そういった新しい店に集う若い層をターゲットにしている様子。
オープン時に配られたポスター
 歴史とヒップなアートが混在するロウアー・イースト・サイドの新たなランドマークとなったサンシャイン・シネマ。上映作品だけではなく、その存在自体がニューヨークのアートと呼べる貴重な映画館だ。

Sunshine Cinema
143 East Houston Street (bet. 1st and 2nd Aves)
F or V Train to the 2nd Avenue Stop
(212) 358-7709


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