TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 映画に登場した場所を訪ねて~Part14『恋愛小説家』

 ジャック・ニコルソンとヘレン・ハントが奇妙な、それでいて心温まる大人の恋物語を演じた『恋愛小説家』。ニューヨークを舞台にしたこの作品の、重要なシーンが撮影された場所は、実は…?!
 『恋愛小説家』('97)で怪優ジャック・ニコルソンが演じるのは、ニューヨークの売れっ子恋愛小説家メルヴィン・ユダール。長年ひたすら甘い言葉を書き連ね、ただ今なんと第62作目を執筆中。しかし、作品のスウィートさとは裏腹に、メルヴィン本人は潔癖性で人間嫌いの毒舌家。友人も恋人もおらず、グリニッチビレッジの高級アパートメントにひとり暮らし。この瀟洒なアパートメントは、12丁目の、5番街と6番街の間に実在する。

 メルヴィンは、他人と直接接触しないように手袋をはめ、舗道の割れ目を踏まないように注意深く歩きながら、毎日近所の同じレストランに通い、そこでひとりランチを取る。12丁目にあるアパートから6番街に出て3ブロック下がると、そこには有名なイタリア食材の高級スーパー、バルドゥッチズがある。その緑色のひさしの前を通り過ぎ、メルヴィンは馴染みのレストランに到着する。
ジャック・ニコルソン演じる恋愛小説家が住んでいる12丁目のアパートメント。ベランダの手すりが素敵
 …ところが!この感じのよいレストランがあるのは、実はなんとロサンゼルス!この映画のために、ロスのダウンタウンにあった古いホテルを改造してわざわざ作ったもの。けれどエキストラの客から外を走るイエローキャブまで、いかにもニューヨーク風に設えてある。

 ところで、途中でチラっとロゴが見えるイタリアン・グルメ・スーパーのバルドゥッチズは、25年前のオープン以来、新鮮なチーズやシーフードからスウィーツまで豊富な品揃えでグリニッチビレッジの住人に愛されてきた老舗。ところが家賃高騰の波には勝てず、今月早々に惜しくも閉店してしまった。ニューヨークの不動産は圧倒的な売り手市場で、このバルドゥッチズのように人気のある店がある日突然にクローズするということは、もはや当たり前の光景。
ガイドブックにも必ず載っているバルドゥッチズ。閉店は多くのグルメ・ニューヨーカーと観光客をがっかりさせた
 話を映画に戻して、メルヴィンが通うレストランには、ヘレン・ハント演じるウエイトレスのキャロルがいる。メルヴィンはいつも同じ席に座り、キャロルにしか注文を取らせない。そして、持参したプラスチックのナイフとフォークで食事をするのだが、その間にも毒舌で周囲をウンザリさせ続ける。そんなメルヴィンを、なぜかキャロルだけはたしなめることができるのだ。
 キャロルはぜんそく持ちの幼い息子を抱えてがんばっているシングルマザーで、日々の生活に苦労は多いけれど、それを顔に出すこともなく明るく働いている。こんなキャロルにとっては、メルヴィンも手のかかる子供と同じなのかもしれない。

 このキャロルが住んでいるのは、ブルックリンにあるプロスペクトパークという地区。実際にはプロスペクトパーク周辺の家賃はウエイトレスにはちょっと手の出ない額で、それは映画に登場する優雅な街並みからも一目瞭然。でも、そこは映画=おとぎ話ということで。
ヘレン・ハント演じるキャロルがクラスブルックリンのプロスペクトパーク
 メルヴィンの隣人サイモンは若いゲイのアーティストで、メルヴィンとは犬猿の仲。しかし、強盗に遭い入院したサイモンの愛犬ヴァーデルをしぶしぶ預かったメルヴィンは、驚くなかれ、この小さな犬に愛情をおぼえ始める。そこから少しずつ、人にも心を開くことを学びだしたメルヴィンだが…。

 この映画の見所は、なんといってもジャック・ニコルソンとヘレン・ハントのやり取り。大人になっても不器用なままで、けれど、なんとか幸福になろうと努力する小説家とウエイトレスを見事に演じ切ったふたりは、この年のアカデミー賞で主演男優賞と女優賞を独占している。なお、作品賞にもノミネートされたが、こちらは『タイタニック』('97)が受賞。さらに、とても珍しいブラッセルズ・グリフォン種の犬ヴァーデルの達者な演技にも驚かされるけれど、実は6匹のよく似た犬をシーンごとに使い分けているとか。

 そして、出演者の演技にも負けず劣らず映画の雰囲気を盛り上げているのが、グリニッチビレッジとブルックリンの風景と、とてもロスに作ったとは思えない、いかにもニューヨーク風なレストラン。これらの風景も、この作品の大きな魅力であることは間違いなし。


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