TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 エスニック・シティNY/ユダヤ系ニューヨーカー その2

 1927年に作られた『ジャズ・シンガー』は、ワーナー・ブラザーズ社が世界初のトーキー映画として発表した作品で、当時、人気のあったユダヤ系シンガー、アル・ジョルソンの半伝記と言える内容。
 アル・ジョルソン演じるジャッキーは、シナゴーグと呼ばれるユダヤ教寺院でユダヤの歌を歌う詠唱者カンターの息子だったが、父親の意に反してジャズ・シンガーへの道を選び、勘当されてしまう。ラビノウィッツというユダヤ姓をアメリカ風なロビンに変え、いったんはニューヨークを離れて苦労しながらも、最後はブロードウェイで大成功を治めるという物語だ。ユダヤ教徒の中からは実際に数多くのエンターテイナーが登場しているが、芸能を宗教の道から外れたものと考える信仰深い親と、どんどんアメリカナイズしていく子のあいだで、このような摩擦も実際に多くあったものと思われる。
 劇中で見られる1920年代のニューヨークのユダヤ系コミュニティの様子も興味深い。なお、主人公のジャッキーも、アル・ジョルソン自身も“ブラック・フェイス”で人気の出た歌手だ。ブラック・フェイスとは、白人が顔を黒塗りにして黒人に化けて歌い踊ることで、当時、とても人気のあった大衆芸能。この『ジャズ・シンガー』は53年にダニー・トーマス、80年にニール・ダイアモンドの主演でリメイクされており、ニール・ダイアモンドも黒塗りでR&Bグループに混じって歌うシーンがある。
 初代『ジャズ・シンガー』が作られた1920年代には、多くのユダヤ系が貧しい移民としてマンハッタンのロウアーイーストサイドに暮らしていたが、その中でギャングとなった若者たちを主人公にした大河ドラマが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』('84)だ。イタリア系のロバート・デニーロがここではユダヤ系を演じ、ジェイムズ・ウッズ演じるイタリア系ギャングとの友情を育む。
 第二次世界大戦後には、アウシュビッツ収容所の生存者もニューヨークにやって来た。メリル・ストリープは『ソフィーの選択』('82)で、収容所での暗い過去を隠し持ったポーランド系ユダヤ人を演じ、アカデミー賞主演女優賞を獲得した。

 その後、ニューヨークのユダヤ系は商売に成功し、子どもたちを大学に進学させるようになった。その結果として弁護士など高収入の職に就いてマンハッタンのアッパーウエストサイドに移り住む者が増えた。そのため、アッパーウエストにはユダヤの伝統的な食事であるマッツォボール・スープやパストラミ・サンドイッチなどを出すデリと呼ばれるレストランや、ユダヤ教の儀式に必要な小道具を売る店などがある。
マッツォボールと呼ばれるパンを入れたスープ。ユダヤ系の食卓には欠かせないメニュー
 このアッパーウエストサイドに住むインテリ・ユダヤ系をセルフ・パロディとして演じ続けているのがウディ・アレン監督。“知的で理屈っぽく、青白くてどこか情けない”というステレオタイプなキャラクターを演じること自体、神経症的な自虐性と言えなくもない。

 ジーン・ハックマン主演の『ロイヤル・テネンバウム』(01)も、3人の子ども全員が天才だが、やはりどこか神経症的な、ニューヨークの裕福なユダヤ系一家を主人公にしている。コメディではないが、『ウォール街』('87)に登場するリッチな大物株ディーラー、ゲッコーもユダヤ系という設定で、人格は捻れている。ゲッコーを演じたマイケル・ダグラス自身もユダヤ系だ。
メノーラ(燭台)など、ユダヤ教の行事に必要なものを売る店
 そのマイケル・ダグラスが父カーク・ダグラスと念願の初共演を果たした新作『It Runs in the Family』がアメリカで現在公開中だが、これも親子二代にわたってニューヨークで弁護士となったユダヤ系一家の物語。

 最後にニューヨーク出身のユダヤ系俳優を紹介しよう。アダム・サンドラー、バーブラ・ストライザンド、ベン・スティーラー、ビリー・クリスタルなど、枚挙に暇がない。『戦場のピアニスト』(02)でポーランドのユダヤ人を演じ、今年のアカデミー賞主演男優賞を獲得したエイドリアン・ブロディもニューヨーク出身のユダヤ系。
『イット・ランズ・イン・ザ・ファミリー』の広告。
マンハッタンに住むユダヤ系には信仰心の薄いインテリ層が多い


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