FILE14:モンゴル発『ステイト・オブ・ドッグス』
 3月16日(土)よりユーロスペースにてモーニング&レイトショー


■イントロダクション
人間になりたくなかった犬の物語。
 モンゴルの路地裏に一匹の野良犬が住んでいた。名前は、バッサル。この映画は、人を信じることができなくなった一匹の犬が、もう一度人を愛することができるようになるまでの切なさと喜びを、ドキュメンタリータッチの美しい映像と音楽で綴った路地裏からの贈り物です。
 魂となった野良犬バッサルの視点で描かれたこの“小さな傑作”は、ドキュメンタリー映画の監督であるベルギー人ピーター・ブロッセンとモンゴル人ジャーナリスト、ドルカディン・ターマンの共同作品。完成までに4年の歳月が費やされている。

 1996年の調査によると、人口80万のウラン・バートルの街には12万匹もの野良犬がいたという。映画の中でも、生きている犬たちや亡骸となった犬たちが美しく切なく描き出されている。撃たれて死んだ野良犬バッサルの魂が語り部となるこの物語は、モンゴルの路地裏に棲んで死に行く野良犬たちの切ない記憶でもあるのだ。
 映像の中に描き出される冬の草原の凍てつく空気、工場地帯の灰塵の匂い、恐ろしくも美しい日蝕。そして、呟くような若い母親が口ずさむ歌、馬頭琴の響き、不思議な音質のモンゴル語で静かに語られるバッサルの台詞。それらの中に、何かが少しづつ変化していくことに対するバッサルの切ない気持ちが投射されているかのようだ。伝統的な遊牧民の暮らしと町の人々の生活が対照的に描かれているのも興味深い。冒頭やエピソードの合間に詠まれるモンゴルの詩人バタール・ガルサンスの生きることの切なさと励ましに溢れた3編の詩が、この映画に豊かな色彩を加えている。
 
 犬たちを愛し尊敬するモンゴルの人たちは彼らを人の生まれ変わりだと信じている。ほとんど馴染みのないはずのモンゴルの情景がなぜか懐かしいのは、人間に生まれ変わる前の遠い犬だった頃の記憶が呼び覚まされたのかもしれない。


■ストーリー

 モンゴルには、こんな神話がある。
「かつて人間に与えられていた永遠の生命を約束する水を、龍王ラーが奪い飲み干してしまった。それを知った太陽と月はラーを激しく非難し、神はこの邪悪な龍王を殺すための使者を送った。しかし永遠の生命を得たラーに太刀打ち出来るものは誰もなく、力を増したこの龍王は太陽と月を飲み込んでしまった。世界は暗闇に包まれてしまったが、人間たちが激しく抗議し、ラーはやむなく太陽と月を吐き出した。しかし太陽と月を好まないラーは、時折世界に暗闇をもたらすのだ」
 モンゴルの首都ウラン・バートルにバッサルという野良犬がいた。かつて遊牧民一家と共に暮らしていたバッサルは、家族に捨てられた今、巨大な工場が煙を吐き出す町で食べ物をあさって暮らす。しかし春がその訪れを告げた日、路地裏で撃たれて命を落とした。なぜ人間に撃たれて死ななければならなかったのか、とバッサルの魂は考えた。モンゴルでは、犬は死ぬと人間に生まれ変わると言われている。生まれ変わるまでの間、バッサルは自分の記憶を辿った。日蝕が訪れようとしているモンゴルの草原や砂埃の舞う町を彷徨いながら。龍王ラーを追い払うために人々が金物を叩き、ラマ僧が祈りをささげる日蝕の日、バッサルは人間として生まれ変わるよう運命づけられているのか・・・。


■DATA

1998年/モンゴル+ベルギー合作/35mm/カラー/88分/Dolby Stereo

脚本・監督:ピーター・ブロッセン、ドルカディン・ターマン
製作:Inti Films
ナレーター:サイモン・マクバニー
ナレーション・ライター:マリア・ボン・ヘラン
撮影: ケイキ・ファーム、サクヤ・ビャンバ
録音: リスト・イサーロ、ダン・バン・ビーバー
編集:オクタビオ・イターブ
音響デザイン:キャロ・カルボ
撮影助手:バトムンク・プレド
サウンド・ミキサー:フランコ・ピスコポ
リサーチ:ラバスレンジン・ノーミン、ダムディンスレン・ウリアガイ教授
プロデューサー:ピーター・ビロッセン(Inti Films)
<受賞>
ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ/レーマ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリ/セイア国際環境映画&ビデオ祭グランプリ&審査員特別賞/サオパウロ国際映画祭批評家賞、ガバ国際環境映画&ビデオ祭最優秀作品賞/New European Talent-NET98ベスト・ドキュメンタリー作品賞/Message to Man International Film Festival審査員特別賞/ヨーロッパ・ドキュメンタリー映画祭審査員特別賞/メディア・ウェーブ国際映像芸術祭脚本賞/ボドラム国際環境映画祭批評家賞/he World Festival of Human and Nature Films(人と自然に関する映画祭)銀賞/ハナン国際環境展銀賞
<出品>
山形国際ドキュメンタリー映画祭/The Graz Biennial on Media and Architecture/カルカッタ・ボンベイ国際映画祭/キーブ国際映画祭/トリノ国際映画祭/ヴェネチア国際映画祭/トロント国際映画祭/ヴァンクーバー国際映画祭/カンヌ国際映画祭/ロッテルダム国際映画祭/プサン国際映画祭/台北国際映画祭/バラドリッド映画祭/カイロ映画祭/Figuera da foz映画祭/UMEA映画祭/オスロ映画祭/マー・デル・プラタ映画祭/パリ映画祭/テルアビブ映画祭/ベルグラード映画祭/ダブリン映画祭/トリノ国際映画祭/フィラデルフィア映画祭/ミネアポリス映画祭


■モンゴルの犬たちの矛盾に満ちた状況
 初めてモンゴルを訪れた'93年、街や村の道を彷徨う犬たちのあまりの数の多さ衝撃を受けたピーター・ブロッセン監督は、野良犬についての映画を企画。様々なリサーチ結果に基づき、ドルカディン・ターマン監督と『ステイト・オブ・ドッグス』の製作を決定。

 製作チームに当初参加していたモンゴルのジャーナリスト、ラバスレンジン・ノーミンは、モンゴル・メッセンジャー紙の記事の中で「増大する野犬問題」についてこう語る。『疫病感染に苦しむ犬たちは多く、接触伝染病の危険性は家畜や人間にまで及んでいる。この観点から見れば、野犬の数の増大は、我々にとっても重大な危機をもたらす恐れがある』
 モンゴルにおける最近の野良犬ブームについて、二つの主な理由が言及されているという。まず一つとしてモンゴル人がメスの子犬を好まないこと、そしてもう一方の理由としては、かつてモンゴルに住んでいたソビエト人たちが彼らのペットたちを残して自国に帰っていってしまったことである。

 '96年の調査によると人口80万のウラン・バートルにいる野良犬は12万。この問題に対処するため、政府はドッグ・ハンターを雇ったが、彼らのほとんどすぐに辞めてしまった。犬を殺すことは悪いことの前兆になると信じるモンゴル人たちは、ハンターを犬から遠ざけ、時には殺人者呼ばわりするのだ。犬たちを汚い動物だと嫌う傾向がある一方で、犬たちを愛し尊敬するモンゴル人たちは多い。そしてモンゴルの人々は犬を人の生まれ変わりだと信じている。この矛盾がこの映画のベースになっているとブロッセン監督は語る。


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