FILE17:フランス発『孤高』
 6月22日よりシネアミューズにてレイトショー

 フランス映画といえばヌーヴェル・ヴァーグ抜きには語れない。今回はヌーヴェル・ヴァーグの異才フィリップ・ガレル監督の『孤高』('74)を紹介しよう。ゴダールの『勝手にしやがれ』('59)でヌーヴェル・ヴァーグの女神として一世を風靡したジーン・セバーグ、ウォーホールのファクトリーに参加してセンセーションを巻き起こしたニコを映像に捉えた異色作です。


■イントロダクション

 わずか13歳で撮った処女作がフランス映画界で話題となり、“恐るべき子供(アンファン・テリブル)”と騒がれたヌーヴェル・バーグの異才フィリップ・ガレル監督。『孤高』は、ゴダールやカラックスら、フランスを代表する映画作家たちが心酔する、ガレルの74年の作品である。言葉とBGMがまったくない無音の世界の中で繰り広げられるモノクロームの映像。そこに存在するのは、フィリップ・ガレル監督がかつて愛したふたりの女性ジーン・セバーグと二コの様々な表情である。
 ストーリーと音がまったくない映画の中で、カメラはただひたすら登場人物の表情を追う。スクリーンに映し出されるジーン・セバーグ、二コらが無音の中で何かを語り、訴え、笑い、そして哀しみを吐露する。スクリーンの上に取り留めもなく現れては消えていく彼女たちの表情。観客はそれらの映像が織り成すイメージから、あらゆるストーリーを構築しようとするかもしれない。ところがタイトルもなく突然に始まったこの映画は、ラストのクレジットもなく、また唐突に終わる。まるでガレル監督と彼女たちの愛がある日突然はじまり、そして唐突に終わりを告げたことを暗示するかのように。
 映画を観終えた後に取り残された観客は、ジーン・セバーグの切ない笑顔や冷ややかな二コの表情を反芻しながら、失われた言葉や音の意味を探し続けなければならないだろう。


■『孤高』をめぐる、ひとりの監督とふたりの女優

 ストーリーがまったくないこの映画を読み解くには、監督と主な登場人物であるふたりの女優について触れることが必要でしょう。時代を駆け抜けたふたりの女優、そして彼女たちをフィルムに捉えたガレル監督とは?彼らの人生の軌跡を辿ってみよう。


◆ジーン・セバーグ
 謎の死を遂げたヌーヴェル・ヴァーグの女神

 ジャン・リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』('59)に出演し、ヌーヴェル・ヴァーグを代表する女優として世界に知られるジーン・セバーグは、1938年11月13日アメリカ、アイオワ州に生まれた。

 57年オットー・プレミンジャー監督の『聖女ジャンヌ・ダルク』のオーディションを受けて、18000人の中から選ばれ映画デビュー。ハリウッドにおいて、その将来を嘱望される華やかな女優としてのスタートを切った。
 続く58年、再度オットー・プレミンジャー監督の『悲しみよこんにちは』に出演し、スターとしての地位を確立。サガンの小説を映画化したこの作品で、溌剌とした若さと美貌、そして魅力溢れる演技を披露し成功をおさめる。ヒロインの名前から生まれた“セシル・カット”が流行して、当時のファッション・リーダー的存在にもなった。

 この頃、フランス人監督フランソワ・モレイユと結婚し、ハリウッドを離れフランスで演劇活動をはじめる。ゴダール監督の『勝手にしやがれ』でヌーヴェル・ヴァーグの女神の座を獲得。モレイユと離婚し、63年ロマン・ギャリと再婚。その後もフランスを拠点に、ゴダールの短編『立派な詐欺師』(63)、ジャン・ベッケル監督『黄金の男』(64)、ロベール・ロッセン監督『リリス』('64)などに出演。
 ハリウッドでもオールスター・キャストの『大空港』(70)他数々の作品に出演しているが、特に際立つヒット作はない。72年に在仏のアメリカ人監督デニス・ベリー(後にアンナ・カリーナの夫となる)と再婚するが、78年には離婚。私生活では精神不安定のため睡眠薬を常用していたといわれている。

 またセバーグは、公民権運動家として知られ、特に黒人開放運動の急進派ブラック・パンサー党を支持したことでFBIの監視下に置かれる。世界を魅了したこの女優の最後は悲惨だ。10日にわたる失踪の後、79年8月31日、パリ自宅近くの路上に止められていた車の中で毛布に包まれた変死体として発見された。死因は睡眠薬自殺ともいわれているが、不審な点が多く真相は解明されていない。

 『孤高』に描かれているセバーグの表情は、まるで悲劇を予感しているかのように、笑顔ですら苦しそうで切ない。しかしこれこそが、ガレルが賞賛し愛した彼女の美しさなのだろう。

◆ニコ
 全ての男たちを魅了したアンダーグラウンドの歌姫

 60年代のポップ・カルチャー・シーンのアイコンであり、モデル、女優、そしてヴォーカリストとして、アンダーグラウンド界の歌姫の座に君臨していた二コ。1988年、49才でその生涯を遂げる時まで、彼女の残した数々の伝説は枚挙にいとまがない。
 1938年10月16日ドイツ、ケルンに生まれた彼女は、ナチ弾圧期のドイツで子供時代を過ごす。本名はクリスタ・パフゲン。父親が強制収容所で亡くなった後、母、祖母とともに46年にベルリンに移住し、14才からファッション・モデルとなる。ニコという名前は、イビサ島にモデルの仕事で訪れたときに出会ったカメラマンが命名した。カメラマンの友人であったボヘミアン映画監督ニコ・パパタキスが名前の由来だという。
 その後、フランスのヴォーグ誌と契約した彼女は、ヴァカンスで訪れたローマで、『甘い生活』('60)を撮影中のフェリーニ監督と出会い、この映画に出演。同年、モデルとしてのキャリアをつみながら本格的に演技を勉強するため、NYに移住し、リー・ストラスバーグの演劇学校へ入学。クラスにはマリリン・モンローがいたという。

 64年には、ブライアン・ジョーンズとの出会いをきっかけに、レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジがプロデュースするデビュー・シングルをリリース。この頃出会ったボブ・ディランとはその後も親交を保つ。ディランは、彼女のデビュー・アルバムに曲を書き下ろし、彼自身のアルバムでも、ニコに捧げる歌を収録。彼女は、出会う全ての男たちを魅了してゆく。その中でもアンディ・ウォーホルとの出会いは、彼女の伝説を綴る上でも一番大きなものだろう。
 65年、アンディ・ウォーホルと出会ったニコは、彼のアイディアでジョン・ケイル、ルー・リードのユニット“ヴェルヴェット・アンダーグラウンド”に参加。ドラッグや退廃したセックスといった衝撃的なモチーフに彩られた1stアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」('67)をリリースするが、方向性の違いを理由にグループを脱退。ウォーホルが監督する数々の実験映画に出演し、アンダーグラウンド界に名を馳せる一方で、ファースト・アルバム[
「チェルシー・ガール」を発表。ソロで音楽活動を続けていく。
 69年ローマで『Le Lit de la Vierge』を撮影中のフィリップ・ガレルと出会い結婚。78年にガレルと別れるまでの間にアイスランド、エジプト、デスバレーなどを訪れ、ガレルが監督する7本の作品に出演、音楽を制作した。『孤高』は、この間に撮影されたうちの1本である。

 ガレルとの別離と共にステージに復帰したニコは、定期的にツアーを行う。85年、ジョン・ケイルのプロデュースによるアルバムをほぼ10年ぶりにリリースし、“パンクの女神”として、ニュー・ジェネレーションの中に甦った。

 晩年はドラッグもやめてクリーンな健康状態だったが、88年7月18日、イビサ島でサイクリング中に転倒しているところを発見され病院に運ばれるが、そのまま49才の生涯を終えた。世界を駆け巡ったスーパー・ポップ・アイコン、ニコの遺灰は、少女時代を過ごしたベルリンの墓地へ埋められている。


◆フィリップ・ガレル監督
 神話に彩られた映像作家


 1948年4月6日フランス、パリ生まれ。俳優である父の影響により、幼少から映画に親しみ、13歳で撮った8mm映画がフランス映画界で話題となる。16歳で学校を辞め、64年『Les Enfant desaccordes』を監督。ヌーヴェル・ヴァーグのアイドル達主演の映画を次々と発表する。

 69年『Le Lit de la Vierge』の音楽を担当するニコと出会い結婚。アンディ・ウォーホルのユニット“ヴェルヴェット・アンダーグランド”に参加する彼女とともにNYに滞在する。この間、ウォーホルらファクトリーの面々と交流を持った。70年『内なる傷痕』をきっかけに、彼のミューズともいうべきニコ主演の7本の映画を撮り続けるが、78年に破局。
 79年に、後のジャン=リュック・ゴダール婦人となるアンヌ・ヴィアゼムスキー主演の『秘密の子供』を監督。この作品で82年のジャン・ヴィゴ賞を受賞。互いの存在と薬物依存によって、不安定な精神状態をかろうじて保つ映画監督アンリ・ド・モブラン)とその恋人(アンヌ・ヴィアゼムスキー)の出会いから破局までを描くこの作品は、ニコとの結婚生活にピリオドを打った直後に作られた。ニコとの日々が隅々に投影されている。

 83年、父モーリス・ガレル主演の『自由、夜』がカンヌ国際映画祭展望賞を受賞。また二コとの別離とその死をテーマにした『ギターはもう聞こえない』('91)が、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝く。ドラッグによって滅んでゆく映画監督と女優をテーマにした『Sauvage Innocence』(01)は、ヴェネチア映画祭国際批評家連盟賞を受賞。今後もますます円熟した作品を撮り続けて行く事だろう。


■DATA

原題『Les Hautes Solitudes』

1974年/フランス35mm/Black & White/80min./silent

出演
ジーン・セバーグ
ニコ
ティナ・オーモン
ロラン・テルジエフ

配給宣伝:スローラーナー


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