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景気のよさも一長一短? 変わっていくイギリス映画1
いつもこのコラムを担当しているライターのシラヤナギさんの代打として、今回は私、佐藤まさやがイギリス映画の代表監督ケン・ローチの作品と、変わりつつあるイギリス映画について、お届けします。ケン・ローチといえば、最近は歴史ものや9.11のドキュメンタリー映画などで評価を得ていますが、僕が、イギリスにあこがれるきっかけにもなった80年代~90年代には、イギリスの労働者階級、貧しくても誠実に、一生懸命生きる姿を描いた小編を撮っていました。
なかでも印象的だったのは、93年に作成された『レイニング・ストーンズ』。カンヌで審査員賞を受賞し、イギリスでは“弱者の目線で社会を批判する”ケン・ローチの代表作とされています。
失業中の主人公が娘のカトリック教会でのコミュニオンのためにドレスを買ってやろうと思い立ち、羊泥棒をしたり、クラブのバウンサー(用心棒)をしたりするものの、どれもうまく行かず。最終的には高利貸しの金を借りてしまう、というストーリーは、労働者階級の暮らしを大げさな演出なく、ストレートに表現されています。ちなみにタイトルの『レイニング・ストーン』は、失業中の主人公の生活=氷雨が降っているような暮らしを意味しています。
日本でも公開されたので、観た方も多いかと思いますが、正直、この作品を日本で見た当時は、「ピンと来なかった」というのが本音でした。「お金がないなら、貸衣装でもいいし、無理することないのに」と、主人公の気持ちに入り込めない気持ちを持ったものです。しかし、実際に今、イギリスに暮らしてみて、そして自分自身が娘を持つ父親になってみて、「あぁ、わかる」という心境になりました。
僕がイギリスに来たのは、この映画の作られた2年後の95年でした。初めてイギリスの街に着いたときには映画のまま、道路で車が燃やされていたり、煤をかぶった街並みも、曇りがちの空もまさに灰色。今ではすっかり華やかなロンドンの中心地に立ち、「なんて貧しい、暗い国にきてしまったんだろう」と思って後悔しきりでしたが、トニー・ブレアが就任した頃から、まるで違う国になったかのような変貌を遂げています。映画の世界でも、昔のイギリス映画のような深みのある人生を感じさせるものが減り、ハリー・ポッターやハリウッド調のものが目立っている(それはそれでよいと思うけれど)様な気がします。
相変わらず階級社会ではあるものの、労働者もお金を持ち、不動産や株でもうけることを覚えた今、昔のイギリスの持っていた魅力も手放そうとしているようで、僕には少し残念に思えます。この映画に描かれているような清貧な人々は、いまやイギリスにはいなくなっているのかもしれません。
豊かになるのはいいのですが、ケン・ローチの世界が描く、貧しくも清い心、温かく優しい姿勢を忘れてほしくない、としみじみ思います。ケン・ローチが労働者の映画を描かないのも、この国の状況を表している、そんな気もするのです。
TEXT BY 佐藤まさや
★プロフィール★
大阪市出身。ロンドンでスタジオ・グリーンライツを主宰。渡英11年目。学生時代は映画制作にも携わっていたヨーロッパ映画に造詣が深い、フォトグラファー。
2007年01月15日 19:22
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